大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)6035号 判決

原告 池田八重子

原告 池田重幸

右両名訴訟代理人弁護士 石野隆春

被告 有限会社モチダ鞄店

右代表者取締役 持田耕一

右訴訟代理人弁護士 森賀幹夫

小川英郎

主文

一  被告は、原告らから共同して金一九一〇万円の支払を受けるのと引換に原告らに対し別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、金四三万三〇六四円及び平成一〇年七月二五日以降明渡し済みまで、一か月金七万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告に対する主位的請求及びその余の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  申立て

1  原告ら

(一)  主位的請求

被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、平成一〇年一月二五日以降明渡し済みまで、一か月金七万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二)  予備的請求(一)

被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、金四三万三〇六四円及び平成一〇年七月二五日以降明渡し済みまで、一か月金七万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(三)  予備的請求(二)

(1)  被告は、原告らから金六〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の支払を受けるのと引換に原告らに対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

(2)  被告は、原告らに対し、金四三万三〇六四円及び平成一〇年七月二五日以降明渡し済みまで、一か月金七万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(四)  仮執行宣言

2  被告

各請求棄却

二  事案の概要

1  本件は、商店街の中に所在する店舗の賃貸人である原告らが、債務不履行なし信頼関係の破壊に基づく契約の解除(主位的請求)又は正当事由に基づく解約(予備的請求、なお、正当事由の補完として一定の立退料の支払の申出あり)により賃貸借契約は終了したと主張して、被告である賃借人に対し、賃貸建物の明渡し及び賃料ないしは賃料相当損害金の支払を求めている事件であり、被告は、右解除ないし解約事由の存在を争っている。

2  基本的事実関係(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(一)  別紙物件目録冒頭部記載の建物(未登記、以下「本件建物」という。)及びその敷地(現在の表示は、中野区中野五丁目二〇番六、宅地九八・七七平方メートル、以下「本件土地」という。)は、原告らの父である池田亀三郎の所有であったが、亀三郎は、昭和三六年三月五日に死亡して、妻である池田はまがこれらを相続し、更に、同女は、昭和五七年一一月一四日に死亡したので、その子である原告らが、これらを共有相続した(甲二九号証)。

(二)  亀三郎は、昭和二八年四月二七日、本件建物のうち添付図面赤線内の部分(以下「本件建物部分」という。)の一階部分を持田千一(被告代表者持田耕一の実父、当時は「耕作」と自称していた。)に賃貸し、また、はまは、昭和三六年一〇月三〇日、本件建物部分の二階部分を被告会社(昭和三四年五月設立、当時の代表者は持田千一である。千一の死亡した昭和四〇年一〇月頃から現代表者である持田耕一が取締役に就任した。)に賃貸した(甲一号証、二号証、二六号証、弁論の全趣旨)。

(三)  本件建物部分の賃貸借契約は、当初は、前記の一階部分と二階部分とが別々に合意更新されてきたが、昭和四一年以降は、一括して本件建物部分を目的として、五年毎に合意更新されてきた(甲三号証ないし六号証、以下「本件賃貸借契約」という。)。

最後の合意更新による契約書は、原告らと被告との間で昭和六二年一月(日付空欄)に作成されたものである(甲七号証)。右契約書によると、賃料は一か月七万五〇〇〇円(前回より二万円増額)、期間は、昭和六一年一一月一日から五年間(昭和六六年[平成三年]一〇月三一日まで)とされていた。

右期間経過に当たり、合意による更新は行われず、いわゆる法定更新により本件賃貸借契約は継続されており、また、賃料額は、一か月七万五〇〇〇円のままに据え置かれている(甲二九号証、乙八号証)。

(四)  本件建物は、昭和一四年に建築された建物で、本件建物部分を除く一階部分(約一二坪、以下「本件南側部分」という。)は、従来から菊屋・琴絃店に賃貸されてきた。また、本件土地の本件建物敷地を除く西側部分には、本件建物同様、亀三郎から原告らに相続されてきた木造二階建店舗居宅(以下「西側建物」という。)が存在し、古くから寿司屋に賃貸されていた(甲二九号証)。

本件建物は、JR中野駅北口駅前広場から北方向に延びる全長二〇〇平方メートルのアーケードを有する中野サンモール商店街の北端に位置する建物で、右商店街に直交する白線通りと称する商店街を隔てて中野ブロードウェイ商店街に接している(甲一二号証、一三号証、弁論の全趣旨)。そして、被告は、先代代表者が個人として賃借して以来、本件建物部分一階部分を店舗として、鞄、皮革製品、各種小間物、装身具等の小売販売を営んできた。また、被告は、本件建物部分の斜め向かいに位置する中野ブロードウエイ商店街の一角のショーウィンドウ部分を賃借して、同様の店舗を構えている(以下「ブロードウェイ支店」という。乙七号証)。

(五)  原告らは、従来、サンモール商店街の通路を挟んで本件建物に向かい合う木造建物においてクリーニング店を営んでいたが、これを取り壊し、隣接地の所有者と協力して、昭和六三年一〇月、鉄骨造四階建の共有ビルを建築した。

また、本件南側部分については、原告らは、賃借人と交渉の結果、賃貸借契約を合意解除し、昭和六三年二月までにその明渡を受けた。

西側建物については、任意の交渉が困難であったので、賃借人に対する明渡訴訟を提起し、一審で勝訴判決を得た後、高等裁判所で和解をし、平成八年一一月二九日にその明渡を受けた(甲一三号証、二九号証)。

(六)  原告らは、昭和六三年一二月一六日、既に明渡を受けていた本件南側部分を被告に賃借した(賃料月額三二万五〇〇〇円)。これに伴い、被告が原告らに差し入れた平成元年一月三〇日付念書(甲八号証)には、本件南側部分については、原告ら建替え予定の平成元年五月三一日までに必ず返還すること、当初、原告らから家賃は無料でよいとの申出があったが、被告の会計上の都合もあり家賃を決めてもらった、との記載がされている。

更に、本件南側部分については、平成元年一一月九日付で原告ら及び被告代表者の署名押印のある一時使用の為の賃貸借契約書(甲九号証)が作成されているが、そこには、「<1> 期間は、平成元年一一月九日から平成二年一一月一〇日まで、<2> この建物は原告らがビルを立て直す準備が整うまでの間一時賃貸をするので、右期間内に現在契約部分の諸条件が整い次第明け渡していただく、・・・<6> この賃貸借契約は、<1>記載のとおりの一時的な契約なので、原告らは被告に対して保証金、礼金、敷金など一切請求しない、<7> この建物は朽廃著しく<2>記載のとおり被告はこのことを了解し、期間満了時に契約更新その他明渡を猶予することは絶対にしないことを確約する、<8> 原被告誠意をもって話し合い、一日も早く新ビルが完成する様協力願います。」等の記載がされている。

(七)  平成七年八月頃から、中野サンモール商店街のアーケードの全面建替え及び路面張替舗装工事計画が検討されるようになり、平成八年一二月頃までに右計画内容が確定し、平成九年八月、右工事に着工し、平成一〇年三月一四日、工事は完成した(甲一九号証の一、二)。

この間、原告らは、平成九年五月一〇日、被告に対し、本件建物の建替えを行うことを前提として、再入居の条件を示して本件建物部分の明渡を求め、その後、双方弁護士を代理人として交渉を重ねたが、結局、折り合いがつかず(賃貸面積、構造、特に間口の広さ、賃料額、保証金額、営業休止期間中の補償額等について合意に達しなかった。)、同年一二月二四日の協議をもって交渉は打切となった(甲一四号証、一五号証の一ないし一〇)。

(八)  原告らは、平成一〇年一月二三日付(一月二四日到達)の内容証明郵便で被告に対し、重大な契約違反及び著しい信頼関係の破壊を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(仮定的に、建物朽廃、建替え必要性等契約解約の正当事由があることを理由して、本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示、以下「本件解除の意思表示」又は「本件解約の意思表示」という。)をし、併せて、本件南側部分明渡しを求めた。

被告は、右要求に従い、間もなく、本件南側部分を原告らに引渡したものの、本件建物部分の明渡は拒んでいる。

3  争点に関する当事者の主張

(一)  原告ら

(1)  被告には、次のとおりの重大な契約違反及び著しい信頼関係の破壊行為があるから、本件解除の意思表示により、本件賃貸借は終了した。

ア 原告らと被告との間では、平成元年当時から、本件建物は既に老朽化していて、本件建物は建替えの必要性のあることが確認されており、被告は、その際には右建替えに協力することを約していた。

イ 本件土地上の本件南側部分及び西側建物の賃借人は既に立ち退き、被告さえ立退きに応ずれば、本件建物の建替えは可能な状況になっていた。

ウ サンモール商店街アーケード及び路面舗装工事の完了前に本件建物の取り壊し及び新建物の新築を行えば、建替え費用の節約になるだけでなく、近隣商店への迷惑も最小限に食い止めることができた。

エ 原告らが、この時期を建替えの好機ととらえて、被告に対し、新築建物への再入居を認める条件を示して本件建物部分からの明渡しを求めたのに対し、被告は、これに対する対応が遅れたばかりか、従前の経緯に照らし、信義に反する過大な要求をしたため、原告らは、この建替えの時期を逸してしまった。

オ よって、原告らは被告に対し、本件建物部分の明渡し及び本件解除の意思表示到達の翌日(平成一〇年一月二五日)から右明渡しまで、一か月七万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める(主位的請求)。

(2)  本件解約については、次のとおりの正当事由があるから、本件解約の意思表示により、本件賃貸借は、六か月経過後の平成一〇年七月二四日限り終了した。

ア 本件建物及び西側建物は、既に耐用期間を経過した老朽建物であって、原告らは、その建替えの必要に迫られている。

すなわち、本件建物は、適宜の維持修繕工事を施したとしても、残余耐用年収は七年ないし一〇年程度にすぎない。また、本件建物は、隣家建物と密着している構造となっているため、抜本的に雨水処理や屋根を修繕するためには、隣家の協力を得つつ、費用を惜しまずに大規模修理を行う必要がある。更に、本件地域は、防火地域に指定されており、また、建蔽率八〇%、容積率六〇〇%の商業地であって、本件建物は、この地域における標準的建物としては、経済的、機能的に明らかに陳腐化しており、高額の公租公課の負担に見合っていないし、防災上あるいは商店街の美観との調和の観点からも放置できない状況にある。

イ 原告らは、本件建物及び西側建物を新築建物に建て替えるため、早くから本件南側部分及び西側建物の賃借人から引渡を得ており、被告に対しても、その旨の意向を伝え、賃料の増額も求めず、低額のまま据え置き、その協力に期待してきた。そして、被告もそのことを十分了解していたのであり、この間、収益を蓄積してきたはずである。

原告らは、商店街アーケード建替えの時期が本件建物等建替えの好機であると考え、金融機関と協議し、また、自己の資産を処分して、必要資金の準備をし、具体的な設計作業も行った上、被告に協議を申入れたのにもかかわらず、被告は過大な要求をして、これに応じなかった。

ウ 被告は、鞄等の小売り販売業であって、本件建物部分で営業を続けなければならない必然性に乏しい(住居は、別土地に確保済み)。現在、被告は、本件建物部分の近くにブロードウェイ支店の店舗を維持しているし、サンモール、ブロードウェイ両商店街内に空店舗を確保することは、現在の不動産市況からみて、極めて容易である。

エ よって、原告らは被告に対し、本件建物部分の明渡し並びに平成一〇年二月一日から平成一〇年七月二四日までの未払賃料額四三万三〇六四円及び同月二五日以降右明渡しまで、一か月七万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める(予備的請求(一))。

オ 以上の状況からみて、本件解約申入れは、それ自体、正当事由に基礎付けられたものというべきであるが、仮に、以上の事由では正当事由に不足するというのであれば、原告らは、その補完として、六〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の支払を申し出る。

なお、本訴において実施された鑑定の結果は、借地権割合の評価、建物価格の評価、借家権の対応する基礎価格等の把握に疑問があり、本件借家権の価格はせいぜい六〇〇万円と評価するのが相当と考えるが、その金額の最終的認定は、裁判所に委ねる。

カ よって、原告らは被告に対し、六〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の支払と引換に本件建物部分の明渡し並びに前記未払賃料額四三万三〇六四円及び平成一〇年七月二五日以降右明渡しまで、一か月七万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める(予備的請求(二))。

(二)  被告

原告らの主張は、いずれも争う。

(1)  被告には、契約違反ないし信頼関係の破壊行為はない。

ア 原告らと被告との間で平成元年当時から本件建物は老朽化していて建替えの必要があり、被告がこれに協力するとの約束ができていたとの事実は否認する。

イ 原告らの本件建物部分からの明渡し要求に対し、被告は、速やかに、かつ、誠実に対応してきたのであって、被告が過大な要求をしたことはない。被告は、先代以来本件建物部分において営業を継続してきたのであって、本件建物部分の明渡し再入居の条件につき切実な利害関係を有しており、被告としては、右事情を踏まえて、ぎりぎりの提案をしたに過ぎない。その結果として合意に至らなかったからといって、被告に責任があるということはできない。

(2)  本件解約については、正当事由があるとはいえない。

ア 本件建物は、現時点で朽廃しているものでないことは勿論、相当期間建物としての社会的経済的効用を有しているものであって、朽廃に近いということもできない。原告らは、賃貸人であるにもかかわらず、本件建物部分の維持修繕義務を著しく怠ってきた。

イ 原告らは、他に不動産を多数有し、生活に困窮している訳でもなく、本件建物部分を自己使用する必要性は全くない。また、本件南側部分及び西側建物を他に賃貸して多額の利益をあげている。

ウ 本件建物部分の立地条件は、営業上極めて有利な場所であって、他にこれに見合う適地を求めることは困難である。そして、被告は、昭和二八年以来本件建物部分で営業を続けてきた結果、固定客も付き、この場所を離れて他所で営業をやり直すとなると多大の経済的精神的負担を強いられることになる。ブロードウェイ支店は、僅か三坪ほどのショーウィンドウのみの店舗であって、本件建物部分の本店に依存して品物及び人員の配置を図っているに過ぎず、独立して営業できる体制にはない。

エ 被告は、本件建物部分の賃借人として誠実に債務を履行してきたのであり、これまで何ら問題を起こしたことはない。被告は、本件賃貸借契約の合意更新を求めていたのに原告らがこれに応じず、賃料額の増額も求められなかったため、賃料額が据え置きとなっているのであって、そのことの故に解約の正当事由が認められるものではない。

オ 右のとおり、本件においては、そもそも原告らに解約の正当事由が認められないのであるから、一定額の金銭支払の申し出によって正当事由が補完されるものではない。

三  当裁判所の判断

1  事実関係の補充

証拠(甲八号証ないし一二号証、一四号証、一五号証の一ないし一〇、一九号証の一、二、二〇号証ないし二四号証、二七号証、二八号証、二九号証、三〇号証、三一号証、三二号証の各一、二、三三号証、三八号証、三九号証の各一ないし三、四四号証、四八号証、乙一号証の一、二、二号証、三号証の一、二、四号証ないし一三号証、鑑定人藤沼幸雄の鑑定の結果、原告池田八重子、被告代表者)及び弁論の全趣旨によると、更に、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、現代表者の先代が個人で本件建物部分を賃借して以来、同所で一貫して前記の鞄等の販売小売業を営んできており、現代表者の息子が三代目としてその事業を引き継ぐことを予定している。

近年における被告の売上げの実績は、次のとおりである(本店とは本件建物部分、支店とはブロードウェイ支店を指す。)。

(1)  自H3・11・1 至H4・10・31 本店一億〇四一三万七六二六円

支店 二〇三一万八一二五円

(2)  自H4・11・1 至H5・10・31 本店 九四一八万四七四五円

支店 一五七二万五七七六円

(3)  自H5・11・1 至H6・10・31 本店 九一五四万〇七四七円

支店 一七八八万六三二五円

(4)  自H6・11・1 至H7・10・31 本店 九一五四万一六七七円

支店 一五五九万七二二〇円

(5)  自H7・11・1 至H8・10・31 本店 八四九〇万四一一九円

支店 一四四五万二三九六円

(6)  自H8・11・1 至H9・10・31 本店 七六一九万五九四六円

支店 一四一一万〇一七七円

(二)  本件建物の所在するサンモール商店街は、JR中野駅北口からブロードウェイ商店街に通じる極めて繁華な商店街であって、今回のアーケード全面建替え及び路面張替舗装工事の完成によって、近代的な商店街として、その面目を一新した。

この地区は、商業地域、建ぺい率八〇%、容積率六〇〇%(基準容積率三二七%)の防火地域に属し、近隣地区の地域的特性及び標準的使用の現状とその将来の動向並びに本件土地の個別的要因等を総合的に検討すると、本件土地としては、「(地階付)地上三、四階程度の中低層店舗住宅(耐火建築物)等の敷地」として使用されることが、その最有効使用であると判断され(前記鑑定の結果)、商店街両側に連なる店舗建物も、一部木造のものが残っているものの、現在ではその三分の二以上が鉄筋コンクリートないし鉄骨造りの防火建物に建て替えられており、今後もこの傾向は続くものとみられる。

(三)  本件建物は、前記のとおり昭和一四年建築(築約六〇年)に係る経年の極めて大きな建物である。各所に経年相応の老朽化がみられ、また、近時の維持修繕工事も万全ということはできず、建物機能の劣化が目立ち、外壁・土台の一部に腐食腐朽がみられる。しかし、基本的な構造体としては早急に倒壊等のおそれはなく、安全性についても特段の問題はなく、適宜の維持修繕工事を施すことを前提とすれば、なお、七年から一〇年程度の残存耐用年数を有する。

しかし、本件建物は、商業地域、防火地域に所在する繁華な商店街の店舗建物としては、経済的・機能的には相当陳腐化しており、地域の標準的な店舗住宅への機能性の改良を考えると、修繕を加えるよりは、建て替える方が経済的には合理的な状況にあり、社会的経済的には建物としての効用を失いつつあるといえる。

(四)  原告らは、このような本件建物の状況に鑑み、自己の前記共有ビルを建築した頃から、いずれは、本件地域の特性に経済的機能的に適合した防火建物に本件建物を建て替える意図を有するようになった。本件賃貸借契約を合意によって更新することなく、法定更新に委ねたのは、更に五年間の賃貸期間を設定することを避けるためであり、また、賃料の増額請求をせず、あえて月額七万五〇〇〇円のままに据え置いたのも、被告に対し、このような原告らの意図を認識させるためであった。この月額七万五〇〇〇円という賃料額は、前記の被告に対する本件南側部分の賃料額が月額三二万五〇〇〇円であったことと対比しても、その当時の近隣相場と比較すれば、相当低額と評価されるものである。

被告代表者も、合意更新を求めない原告らの態度から、右のような原告らの意図を薄々認識したが、被告の方から賃料額の増額を申し出ることまではしなかった。しかし、本件南側部分を無料で貸してもよいという原告らの申出を受けて作成した前記念書や一時使用のための賃貸借契約書の作成した当時には、被告代表者は、原告らの意図を理解し、いずれ、そのような事態になれば誠意をもって本件建物部分の明渡しについて話合いに応ずる旨の意向を表明した。

(五)  原告らは、中野サンモール商店街のアーケードの全面建替え及び路面張替舗装工事が実施されるのと併行して本件建物の建替えを実施するのが経費の節約になることから、金融機関から融資の段取りをつけ、また、所有不動産を売却して資金準備をし、具体的な建築計画もたてた上、平成九年五月一〇日以降、被告に対し、新築建物への再入居の条件を示しながら本件建物部分の明渡を求め、双方弁護士を介して交渉が重ねられた。しかし、賃貸面積、店舗の構造、特に間口の広さ、賃料額、保証金額、営業休止期間中の補償額等について双方折り合いがつかず、結局、同年一二月二四日の協議をもって交渉は打切りとなり、アーケード建替え工事等が先行施工された。

(六)  原告らは、本件建物部分から被告が立ち退くまでの本件土地の暫定的使用収益方法として、本件南側部分及び西側建物をバーゲン会場として使用する業者に一時貸ししているが、現在でも、本件土地上に計画した前記建築計画を維持しており、現時点で建替え工事をすることによる費用の増加分の資金手当を含め金融機関の基本的了解を得ている。

(七)  中野サンモール商店街及び中野ブロードウェイには多数の店舗があり、最近の不動産不況の状況を反映して、賃貸用の店舗の広告が出ることもしばしばである。

2  本件解除の意思表示の効力について

(一)  原告らは、前記のとおり、被告には重大な契約違反及び著しい信頼関係の破壊行為があるから、本件解除の意思表示により、本件賃貸借は終了した、と主張する。

(1)  原告らは、原告らと被告との間では、平成元年当時から、本件建物は老朽化により建替えの必要性のあることが確認されており、被告は、右建替えに協力することを約していたと主張するが、前記事実関係からすれば、被告代表者は、原告らの本件建物建替えの意図を理解し、いずれ、そのような事態になれば誠意をもって本件建物部分の明渡しについての話合いに応ずる旨の意向を表明したにとどまるのであって、合意の成立にかかわらず明渡しに応ずることを約したものとはいえないから、被告が、原告らの提示する明渡条件に同意せず、本件建物部分の明渡に応じなかったからといって、契約違反があるということはできない。

(2)  被告以外の本件土地上の賃借人を立ち退かせて準備を整えていた原告らとしては、サンモール商店街のアーケード建替え等の工事と併行して本件建物の建替えを行えば、費用の節約になるだけでなく、近隣商店への迷惑も最小限に食い止めることができたのであるから、原告らが、この時期を建替えの好機と考え、被告に対し、再入居の条件を示して本件建物部分からの明渡しを求めたのは、本件土地の有効利用を図ろうとする土地所有者としては極めて当然の行為と理解できる。

そして、原告らは、被告は、原告らの申入れに対する対応が遅れたばかりか、従前の経緯に照らし、信義に反する過大な要求をしたため、原告らは、この建替えの時期を逸してしまった、と主張する。

確かに、従来から被告に対し建替えの意図を告げ、そのために賃料も低額のまま据え置いており、被告もこれを理解していると認識していた原告らの立場からみれば、被告の対応が遅く、また、その提示した立退条件が過大であるとの印象を受けたであろうことは理解できないではないが、一方、長年本件建物部分で営業してきた被告の立場からすれば、なるべく有利な条件を獲得したいと考えるのもやむを得ない態度であって、前記の事実関係からみたとき、被告の提示した条件が社会通念上明らかに過大であって、本件賃貸借契約の信頼関係を破壊するものであるとまで認めることは困難である。

(二)  そうすると、被告には重大な契約違反及び著しい信頼関係の破壊行為があるということはできないから、本件解除の意思表示により本件賃貸借が終了したということはできない。

したがって、本件解除の意思表示が有効であることを前提とする主位的請求は、理由がない。

3  本件解約の意思表示の効力について

(一)  原告らは、本件解約については、正当事由があるから、本件賃貸借は、平成一〇年七月二四日限り終了した、と主張する。

(二)  本件建物の現状は、前記認定のとおりであって、各所に経年相応の老朽化がみられ、また、建物機能の劣化が目立ち、外壁・土台の一部に腐食腐朽部分があるけれど、物理的にみれば、倒壊等のおそれや安全性上の問題はなく、適宜の維持修繕工事が施されれば、なお、七年から一〇年程度の残存耐用年数を有するものである。

しかし、本件建物の所在するサンモール商店街の現況及びこの地区の行政上の規制は前記のとおりであり、本件土地は、地上三、四階程度の中低層店舗住宅(耐火建築物)等の敷地として使用されることがその最有効の使用方法と判断され、同商店街を構成する他の店舗建物も、既に三分の二以上が防火建物に建て替えられており、今後もこの傾向は続くものとみられる現状にあっては、本件建物は、この地区に所在する店舗建物としては、社会的経済的な観点からみれば、建物としての効用を失いつつあるといえるのであって、原告らが、このような本件建物を地域の特性に適合した防火建物(防災上の観点も無視できないであろう。)に建て替えて、本件土地の経済的価値(前記鑑定の結果によれば、更地価額は平方メートル当たり二〇五万円と評価されている。)に見合う相応の収益をあげることを望むのは、土地所有者として当然の要請といえる(被告は、原告らは、他に不動産を多数有し、生活に困窮している訳でもなく、本件建物部分を自己使用する必要性は全くなく、また、本件南側部分及び西側建物を他に賃貸して多額の利益をあげていると主張するが、賃貸用建物の賃貸人に要求される必要性は、自己使用の必要性ではなく、建物としての収益をあげる必要性で足りることは当然であり、また、本件南側部分等の賃貸は、暫時の間、使用収益をあげる方法として相当なものということができる。)。

原告らが、このような考えのもとに、被告に明渡を求めやすい状況を設定するため、本件賃貸借の合意更新を避け、低額の賃料のままに据え置いたこと、既に明渡を得ていた本件南側部分を被告に賃貸したことは前記のとおりであり、被告代表者も、また、この原告らの意図を理解し、原告らから求めがあったときは、誠意をもって話合いに応ずる旨の意向を示していたのである。

そして、原告らは、サンモール商店街アーケード建替え工事が終了した現在においても、従前立てた具体的建築計画を維持し、金融機関と協議して必要資金調達の準備をしていることは前記のとおりである。

(三)  他方、被告は、長年本件建物部分において、鞄等の小売り販売業を営み、近年においても前記のような売上げをあげているのであって、乙七号証、八号証、被告代表者本人尋問の結果によれば、このような売上げをあげることができているのは、本件建物部分の立地条件の良さと長年営業を続けてきたことにより培われてきた信用に由来するところが大きく、他に同等の適地を求めることは容易でなく、仮に、他の場所に営業を移転するとなると多大の経済的負担を覚悟しなければならないものと認めることができる。ブロードウェイ支店は、僅か三坪ほどのショーウィンドウのみの店舗であって、本件建物部分に依存して品物及び人員の配置を図っているものであって、これ自体で、独立した店舗として営業できる形態のものとは認められない。

(四)  以上の賃貸人である原告ら及び賃借人である被告の本件建物部分の使用を必要とする事情、本件賃貸借に関する従前の経緯、本件建物部分の現況及び利用状況を総合考慮すると、原告らのした本件解約の意思表示は、原告らに認められる事由が被告に認められる事由に明らかに優越しているということはできないから、正当事由を備えてされたものと無条件で認めることは相当ではないというべきである。

したがって、本件解約の意思表示が、無条件で有効なことを前提とする、原告らの予備的請求(一)は、理由がない。

(五)  しかしながら、前記事情を総合考慮すると、原告らに認められる事由は、それなりに正当なものと評価できるものというべきであるから、正当事由の補完として、原告らが被告に対し相当な額の財産的給付を行うのであれば、それによって正当事由が具備されたものとして、本件解約の意思表示は有効なものとするのが相当である。そして、原告らが裁判所が相当と認める額の財産的給付をする用意のある旨の申出をしていることは前記のとおりである。

なお、前記の事実関係によれば、被告が中野サンモール商店街又はブロードウェイ商店街の内部に代替店舗を確保することは、一定の経済的負担を伴うにせよ可能であり、そうとすれば、ブロードウェイ支店はこれと連携させて活用することができると推認できるから、被告は、基本的には、これまで培ってきた地域的信用は維持できると考えられる。

そこで、原告らの提供すべき財産的給付の相当額について検討すると、前記鑑定の結果によれば、前記認定のような本件建物付近の地域の状況、本件建物の状況、本件賃貸借契約の経緯、被告の営業状況等の事由を検討の上、本件建物部分の建物賃借権価額として一六〇〇万円、店舗移転に伴う営業補償として三一〇万円が相当額として評価されており、その過程に格別不合理な点は見当たらないから(原告らは、前記鑑定の結果につき、借地権割合の評価、建物価格の評価、借家権の対応する基礎価格等の把握に疑問があるというが、いずれも鑑定人が、鑑定に当たり斟酌すべき事由についての裁量の範囲内の事項とみるのが相当であるから、鑑定の結果の合理性を左右するものではない。)、右合計額である一九一〇万円を財産的給付として被告に提供することによって、本件解約の意思表示は、効力を生じたものと認めるのが相当である。

(六)  以上によると、本件賃貸借は、本件解約の意思表示が到達した日の六か月後である平成一〇年七月二四日限り終了したものというべきであるから、被告は、原告らに対し、原告らから共同して一九一〇万円の財産給付金の支払を受けるのと引換に本件建物部分を明け渡し、かつ、未払賃料として平成一〇年二月一日から平成一〇年七月二四日までの四三万三〇六四円及び賃料相当損害金として平成一〇年七月二五日以降右明渡しまで、一か月七万五〇〇〇円の割合による金員を支払うべき義務がある。

そうすると、原告らの予備的請求(二)は、右の限度で理由があるが、その余は理由がない。

四  以上の次第で、原告らの予備的請求は、前記説示の限度で正当であるから認容し、原告らの主位的請求及びその余の予備的請求は、失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中壯太)

物件目録

(未登記)

中野区中野五丁目 二〇番の六

木造スレート瓦葺 二階建

一階 約 五九.六七平方メートル

二階 約 五一.七五平方メートルの内、

一階 約 一六・五六平方メートル

二階 約 一八.八一平方メートル

但し、添付図面の赤線内部分

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!